世界挑戦への野望
どうせやるなら、日本一そして世界一を目指したいっていうのは漢の性だよね
それこそずっと昔から、海外で力試しをしてみたいって気持ちや憧れはあった。
そもそも毎年3月に群馬で行われている日本選手権自体が日本代表チームを決めるっていう目的だからね。(優勝チームが海外挑戦権を得るって感じ)
ただ長い間、日本選手権で優勝したチームが権利を行使することは無かった。
昔の豊山全盛期ぐらいの時代には参加してたみたいだけどね。
世界で評価された日本の最強シューター「てっちゃん」だって海外に出たから有名になったわけだし。
昔あった豊山マスターズ(平均年齢がかなり高めのチーム)だって昔海外で戦ってたベテラン選手の集まりだったから、今より昔の方がグローバルに活動してたんだろう。
残念ながら俺が本格的にチュックを始める前の時代だったから、詳しい状況はわからないんだけど。
日本のチュックボールのレベルっていうのは、今回大会でも証明されたけど、昔から現在に至るまで、世界的に見ても決して低くないんだよね。
それでも2017年までの約10年間ぐらいは日本は海外の大会に姿を見せなかった。
それは何故かっていうと、時間の捻出(仕事を休んだり)も勿論だけど、一番は費用面の問題が重くのしかかってくるから。
本ブログでもしつこいぐらい話題にしてるんだけど、これがマイナースポーツの一番辛いところなんだよね。スポンサーもなく、協会の援助も受けられないから、移動費含む諸費用は選手の全額自己負担。だから「参加したくても参加できない」状況がずっと続いてた。競技人口は少なくても人材は豊富(いい選手が多い)だったし、それこそまだまだ界隈に活気のあった10年前ぐらいから何かしらのサポートを得てグローバルに活動さえ出来ていたら、それこそ今頃は強豪国に匹敵する力を持っててもおかしくなかったんじゃないかと思う。
逆にそれが無いから競技人口の減少をはじめとする界隈の衰退を招く結果になってしまったんじゃないかな、と。
まぁ現実問題、どうにもならないからこその今の状況なんだけどね。
協会などが努力してないとは言えないし、むしろ色々やろうとしてくれていたので感謝はあっても恨んだり批判したりはお門違い。それでも、協会任せにせず選手主導で何か出来たことはなかったかとか、もう少し色々と上手くやってたら・・・思わずにはいられないって話。こういうのも年を重ねた今だからこそ考えれることで、当時の自分や仲間達がどうにかできたかっていうとどうにも出来なかっただろうけどw
そして規模が縮小するにつれて大会も参加チームが少なくなり、毎年対戦するのは「いつもの相手」になってた。もちろん、ライバルの豊山と熱い勝負をすること自体は毎年の楽しみになってるんだけど、もっといろんなチームと試合がしたいって思いはとても強くなってたんだよね。新しい刺激がないというか、正直国内でのマンネリ化した大会にはもう飽きてた。普及が上手くいって新興チームが増えたとしても、いきなり瀬上や豊山と互角に戦えることは流石にないだろうし、そういうところでも海外に興味が出てくるのは必然といえる。でも前述の通り、国際試合に参加するに問題が多い・・・
そんな中舞い込んだ、今回の世界挑戦のチャンス。
協会からも若干のサポートも得られ(それでもほとんど自腹だけど)、場所も隣国の韓国なので旅費もそこまでかからないって事で参加に踏み切ったんだよね。
もっとも、その当時選手としてのピークはとっくに過ぎてたし、チュックに対するモチベーションその話が出るまではあんまりなかった。出来れば、あと5年ぐらい早く挑戦したかったと今でも思う。
このタイミングじゃないと見えなかったものもあると思うし、貴重な体験が出来たし楽しかったから、参加出来て良かったと心から言えるけどね。
て、参加の背景と動機だけで文字数多くなり過ぎた・・・
個人的な感想やらは次回に持ち越し!
いっそナンバリングを過去編10にしようかと思ったけど、自分の好きなように書く話題だからあくまで「こぼれ話」として扱おう。